心踊る方へ

デジタルエージェンシーに働く新卒社員です。

弱いつながりが教えてくれたこと

これは、私の勘違いから始まった大阪での話です。自分から行動してみることで、人生はいろいろ面白いことに巻き込まれていくと実感しました。

 

ごく普通の大学生が、こんな場所に居ていいのか。そんな光景が目の前にありました。田中泰延さん、マエダショータさん、はあちゅうさん、野口卓也さん、金そよんさん……。

 

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あまりの豪華さに、大人の会話に邪魔をしてはいけない、皆さんの時間を奪ってはいけないと感じてしまうほど。

 

いつものずうずうしさを発揮できず、ウーロン茶を片手にひたすら味穂のたこやきとおでんを食べていました。また会えるという保障もない中、事前に皆さんのブログを読み、聞きたいリストをメモしたiphoneの画面をそっと閉じました。

 

後悔の思いもあり、伝えられなかったこと、感じたこと、反省したことを書きます。

 

このブログをきっかけに、会いたい人には自分次第で会える可能性があるという希望と、思いを行動に移す大切さを見出してもらえたら嬉しいです。

 

そして、勇気をだして会いたい人に会うことで、掛け替えのない時間が自分の財産となり、自分を見つめ直すきっかけにもなることをお伝えします。

 

 

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夢の始まり

2013年4月1日


まだ少し肌寒い新潟の春。桜もチューリップも咲いてなく、季節感のない街並み。あの時の空も、白い雲で覆われていたのを鮮明に覚えています。

 

曇りにも関わらず、「今日は晴れて良かったな。」と、雨が降らないことに喜びを感じていました。

 

上京を決めたのは高校3年生の春。商業高校に通っていた私は、進路選択と真剣に向き合わなければなりませんでした。大学、専門、公務員、就職…。人生の分かれ道ともいえる選択に、私はすぐさま行動に出ました。

 

”私の夢は何だったっけ”

 

それまでの高校生活の中で、自分の夢と向き合ったことは一度もありませんでした。2年生の終わりごろ、就職先や大学が決まった先輩たちから、合格までの道のりを聞く時間がありました。

 

何故、就職を選択したのか、何故その大学にしたのか。どんな風に取り組んだのか。

 

話が終わると、一人で図書館に駆け込みました。そもそも世の中にある職業を知らなかったのです。職業が決まらなければ、進路が決まらない。そう思い、職業について書いてある本を手にしました。

 

しかし、自分が何したいのか分からない。

 

そんな時、「あなたはどんなことが好きなの?」と図書館の先生が問いかけてくれました。私は、とにかく学校行事が大好きでした。それは、高校だけではなく、小学校に入る前から好きだったと、今回の就活で気づきました。

 

みんなで話し合い、準備をして、アイデアを形にする。どんな日常よりも、イキイキして一体感が生まれる。そんな瞬間が大好きでした。 

 

そんな想いを伝えると

「イベントプロデューサーが合うんじゃないかしら。」

 

このたった一言が、夢の始まりになりました。その時手にした本のコピーは、今でも大切に残しています。この時、イベントプロデューサーは、テレビ局の仕事の一部として紹介されていました。(一部省略しています。)

 

イベントプロデューサーとは、一言で言うと【なんでも屋】。仕事内容はとても地道で泥臭いけれども、とにかく楽しい。企画者には、幅広い知識と特定のジャンルのエキスパートが必要。できるだけ多くの人と話し、自分の知らない知識を得る。また、他の人が企画したイベントにも足を運び、そうやって吸収したことを自分のプランの糧にする。

 

まさに、今までの自分が好きだったことであり、とてもワクワクするものでした。まずは自分が、ワクワクしないと始まらない。とてもシンプルですが、大切な原動力。

 

私は、せっかくなら地元の良さを伝えたい、いつか東京で新潟の魅力を伝えるイベントを開くと決めました。

 

調べた結果、イベントプロデューサーになるためには、大学へ進学することが一番近いことを知り、大学に行くことに決めました。

 

無事、志望していた大学に合格し、上京することに。嬉しさとホッとした気持ちで涙が止まりませんでした。夢が大きく一歩近づいたと、嬉しくてたまりませんでした。

 

あの頃の気持ちは忘れません。

 

2013年4月1日

私にとって忘れられない日です。

 

新潟の魅力を伝えたいとは思っていたものの、”何もない”。東京に憧れていた私は、新潟の魅力を発見する際に、東京と比べて探していました。どうしても、東京の方が良く見えてしまいます。

 

しかし、東京に向かう新幹線の中で、私は運命の出会いをしました。この広告に出会ってから、見る視点が180度変わりました。

 

 

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引用:【新潟県】「東京新潟物語」地元を想う、すべての人へ | 灯台もと暮らし

 

東京と新潟を結ぶ上越新幹線の中だけにある、吉乃川の広告。上京した新潟の人が、口を揃えて「あの広告いいよね」って共感する、素晴らしい広告です。

 

上越新幹線を利用した人なら、一度はこのシリーズの広告を目にしたのではないでしょうか。

 

人に思いを伝えたり、誰かを応援したりすることは、すべて広告なのだと思います。

 

風とロックなど復興支援をはじめ、多彩な活動をする箭内道彦さんの言葉です。

 

まさに私は広告を通して、背中を押され、頑張れよって言われたような、不思議な体験をしました。そして、何にもないと思っていた自分へ、気づきを与えてくれました。

 

「何もないんじゃない、自分が気づいていないだけ。見つけていないだ。ここからが始まりだと。」 

 

今でもシリーズが続いていますが、この広告の魅力をまとめます。大きく分けて3つあります。(あくまで個人的な意見です)

 

  1.コンセプトに基づいたストーリー性
  2.ブランド価値ではなく、お酒そのももの良さや
     お酒を飲んだ際に共感できるシーンを伝える
  3.お酒が飲めない人にも共感できる

 

①コンセプトに基づいたストーリー性

⇒単発的な消費としての広告ではなく、吉乃川の資産となるような広告に。

 

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 引用:【新潟県】「東京新潟物語」地元を想う、すべての人へ | 灯台もと暮らし

 

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引用:【新潟県】「東京新潟物語」地元を想う、すべての人へ | 灯台もと暮らし

 

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引用:【新潟県】「東京新潟物語」地元を想う、すべての人へ | 灯台もと暮らし

 

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 引用:【新潟県】「東京新潟物語」地元を想う、すべての人へ | 灯台もと暮らし

 

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引用:東京新潟物語 | 吉乃川 | 新潟長岡市にある日本酒の蔵元

 

2011年から続いていますが、”東京新潟物語”というコンセプトと、上京した女の子の物語という設定は守り続けています。物語なので、話が進んでいき、少女は女性になり、主婦になるというロマンチックな設定です。

 

四半期ペースで広告が作られているのですが、物語が進んでいくことで、続きが楽しみになっていきます。帰省の際についつい見つけてしまう、発見した際に嬉しさと安心感を覚える…。

 

上越新幹線の中でしか出会えないので、帰省の楽しみにもなりました。

 

②ブランド価値ではなく、お酒そのももの良さや共感できるシーンを伝える 

⇒お酒を飲む人に共感してもらいやすい。

 

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 引用:【新潟県】「東京新潟物語」地元を想う、すべての人へ | 灯台もと暮らし

 

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 引用:【新潟県】「東京新潟物語」地元を想う、すべての人へ | 灯台もと暮らし

 

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 引用:【新潟県】「東京新潟物語」地元を想う、すべての人へ | 灯台もと暮らし

 

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 引用:【新潟県】「東京新潟物語」地元を想う、すべての人へ | 灯台もと暮らし

 

吉乃川を知らない人、飲んだことのない人でも、お酒を飲んだ時の心情を表現することによって、共感してもらえる。初めて父親とお酒を飲んだとき、失恋したとき、夫婦で飲んだとき…。

 

私はお酒飲めないので、必ずしもそうなのか分かりませんが、この広告を通して、誰とどこで何を目的に飲むかで、お酒の味も役目も変わると、感じました。

 

そんな様々なシーンを、共感できる言葉で伝えてくれる広告です。

 

③お酒が飲まない人にも共感できる

⇒新潟の人、地方から上京した人、女性目線の恋心。様々な立場の人の心情がそのまま表現

されている。

 

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 引用:【新潟県】「東京新潟物語」地元を想う、すべての人へ | 灯台もと暮らし

 

そもそも何故、東京が晴れた日は新潟は雪なのか。Twitterで分かりやすく書いてあったのでこちらを参考にしてみてください。

 

作家の川端康成の代表的な長編小説「雪国」の舞台も新潟。冒頭の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」の一説。まさに、東京から新潟に向かうあの長いトンネルです。

 

本当に、そんなに気候が違うの?と思う方もいらっしゃると思います。ここで、今週の天気を見てみましょう。この季節、まさにこの広告の通りの現象が起きています。

 

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新潟とても寒いです。海風が冷たく刺さるように強く吹いています。上京してまず驚いたのが、快晴が続くこと。新潟は本当に太陽が出ないんです。東京に来てから、日々太陽の暖かさに嬉しさを感じます。

 

気分が多少下がっていても、よし。がんばろう。と思えるのも東京の良さと気づけました。

 

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 引用:【新潟県】「東京新潟物語」地元を想う、すべての人へ | 灯台もと暮らし

ここでは長岡花火とは書かれていませんが、新潟県民なら、きっと長岡花火なんだなと想像ができます。

 

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 引用:【新潟県】「東京新潟物語」地元を想う、すべての人へ | 灯台もと暮らし

 

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 引用:【新潟県】「東京新潟物語」地元を想う、すべての人へ | 灯台もと暮らし

 

これが一番伝えたいことでして。私はお酒が飲めません。しかし、たまたま出会った広告が伝えてくれたメッセージが、自分とリンクして自分ゴト化になりました。

 

何度も繰り返しになりますが、”東京新潟物語”というコンセプトとストーリーが大切に守られているからこそ、お酒を飲まない人にでも共感できる広告となっています。

 

お酒が飲めない人が

お酒の広告で人生が大きく変わる

 

この出会いに、本当に感謝しています。

 

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何度も何度も強くなる

 

あけましておめでとうございます。

2016年、本当に沢山の皆様に支えられました。また、応援していただき、助けられました。

 

まだお世話になった一人ひとりに、感謝とお詫びの気持ちを伝えきれていませんが、一度自分の中で整理するためにも、このブログに書きたいと思います。

 

2016年は涙が出るほど嬉しい出来事も、無気力になるほど落ち込むこともありました。しかし、いつまでも落ち込んではいられず「考えるよりも、やれ。」そんな状況でした。

 

まだまだ自分の言葉で語れないことも多く、他人の言葉をお借りして説明するとしたら

ひとつひとつ、自分の目の前にある課題を、考えて整理して「こういうふうにやっていこう」と落ち着いて筋道を立ててやるやり方ではなく

「やりながら判断しなければいけない。とにかく終わらせなければいけなかった」という、未知なる道をただ前に突き進む、そんな一年でした。

 

就活も終盤に差し掛かり、周りがファーストキャリアとしての会社を決断している頃、私は行く会社が決まっていませんでした。

 

春先早々、こんな私に声をかけてくださった企業も何社かありましたが、私はまだ本当に行きたい会社にESさえ出していない時期でした。"就活あるある"かもしれませんが、とりあえず内定を貰う。そんな風に当たり前に皆が行なっていることが、私には出来ませんでした。

 

何故なら、自分に嘘をついてまで生きるのが辛い人間だからです。人事が良い方だとより罪悪感を感じました。そして、何よりも自分から逃げている自分が嫌でした。

 

「まだスタートラインにも立てていないのに、ここで楽な道へ行くのか。」そんな自分からの問いに、答えは一つしかありませんでした。

「何言ってんだ、ここからだろ。」

 

目の前にゴールが見えても、それが自分に対しての嘘であれば意味がない。自分の気持ちに正直に生きようと思い、決断しました。

 

心からそう思えたのも、地道な積み重ねがあったからです。11月から少しずつOBOG訪問を行い、クリスマスもOG訪問、年が明けて1月の期末テストが終わり、2月頃から毎日必死にESを添削してもらいました。スーパーショボいESを、沢山の方々の力によって、少しずつレベルを上げ育てていました。

 

大切な飲み会の合間を縫って電話でフィードバックをくれる方、仕事の打ち合わせが終わり21時から居酒屋で話を聞いてくれる方、平日は忙しいからと土日に時間を作って一緒に考えてくれる方、直接会えずともオンライン上で何度も何度もフィードバックをくれる方……。

 

沢山の大人に、何度も何度も強くしてもらいました。

 

叶えたい夢があって真剣だったからこそ、“後悔しないくらい打ち込み、それでもダメだったら、一回死んで、生まれ変わり、這い上がろう。“そんな気持ちで、就活をしていました。

 

「あそこまで何言われてもへこたれずに何度も来る子は珍しいよ笑  いい意味で。」

 

昨年一番お世話になった人がそう仰って、励ましてくださったのは、今でも鮮明に覚えています。それほど必死でした。1995年1月7日。イノシシ年✖️山羊座生まれの私ですが、どちらとも共通点があり、それが「自分が決めた道をやり抜く。」でした。

 

今回、この性格がハッキリと出た就活となりました。 もしかしたら裏目に出たかもしれませんが、結果として後悔はしていません。何故なら、全力でやりきったから……。

 

目指していた会社には、あと一歩二歩足りませんでしたが、後悔なくスッキリとした気持ちで終えることができました。今思えば、ESの通過通知が届いて号泣するほど、私は本気で取り組んでいたのだと。受験経験もないのでSPIのテストでさえ、地獄かと感じるほどでした。

 

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エントリーした企業を受け終え、どこも行く宛てが無くなった私は2日間寝込みました。これ程何もしたくないと思った日はありません。生きる希望を失いかけ、親にさえ何も言えませんでした。

 

その時

「泣いても何も解決にならない、前向きに生きろ」

 

ふと、ESにも書いた、小学一年生の頃に父親にビンタされた時のことを思い出しました。ビンタは、これ一回きりです。周りから甘やかし過ぎと言われる程、優しい父親です。

自己分析の際に、苦しくても立ち向かう、弱音を吐かない、泣かない、この性格はいつからかと考えた時に出て来ました。

7歳の私には理解できませんでしたが、今になって、無言で去って行った父親の背中から、このメッセージに気づけました。

 

このまま何もしない訳にもいかず、色々と調べました。そして、毎日つぶやき、情報収集をしていたTwitterによって、就職先を見つけることになります。Twitter廃人で良かったです。そして、りょかちさんに感謝です。

 

 

私も東京新潟物語という広告がきっかけで、今の自分の生きる目的であり、夢ができました。また後日書きたいと思いますが、もはや自身一部でもあるこの広告。就活をする中で、手掛けた博報堂の宮崎晋さんにお話を聞きたいと思い、お会いしました。70歳を過ぎても現役で、とても生き生きした姿でした。お会いしてから、私も好きな事を仕事にしたいとより強く思いました。

 

adgang.jp

 

そのため、徳田さんの「好きに嘘はつけない」という想いは凄く共感できました。上京してからずっと、コミュニケーションデザインを考えられる業界を目指していました。すぐさまFacebookメッセンジャーで連絡しました。

 

徳田さんは快く受けてくださり、すぐさまランチへ。会社のことを沢山聞きました。主に広告、PR、制作業界を見てきましたが、聞いたこともない会社。リクナビマイナビに一切情報解禁しておらず、会社説明会もない…。HPを隅から隅まで目を通して、会社がやっていることと将来実現したいことのミスマッチがないか確認しました。

 

面談では、取締役の平野さんとお話ししたのですが、本当に仕事に対して真面目で、プロ意識が高い。プライドが高いのと紙一重かもしれませんが、そのストイックさが私は好きでした。そして、デジタルマーケティングという最先端領域で、新しいことに沢山挑戦できること。事業内容としては、コンサルと代理店の間のような事ことから、制作までを一貫して行っています。

 

大手制作会社で自分が言っていた事を実現しており、まさに理想の環境でした。また、自分の価値観と理念が合致していたことも大きいです。私は、最初から答えが決まっていて、その答えが絶対で、誰がやっても同じになる取り組みにモチベーションを感じません。

 

"クライアントの欠かせないパートナーとして私たち独自の価値を提供する"

 

この理念に相応しい社会人になれるよう、仕事以外でも自分の興味関心分野を伸ばしていきたいですし、持ち前のフットワークを活かし、沢山の人と場所に足を運び、吸収していきたいです。

 

社長の荻野さんが「みんな、自分にしか提供できない価値っていうのを仕事にして欲しい」とキックオフミーティングで話していたブログを見つけ、こんな風に代表が社員に対して想っている会社があるんだと感動しました。

www.ficc.jp

 

スマートでクールな人が多く、一件冷めているのかと思いきや、とても優しい人ばかりです。私らしさを保ちつつ、自分とは違う価値観を持った人と働き、成長していきたいと思います!

 

デジタルにほとんど興味のなかった私が、まさかデジタルエージェンシーに行くとは。ロジカルシンキングとかけ離れた思考を持った人間で、基本ノリと勢い。4月から研修が始まりますが、とても楽しみです。

 

様々な壁にぶつかると思いますが、沢山インプットして自分の頭で考えて、少しずつカタチにしていきます。その結果、まだ見ぬ世界が見れるようになった時の景色や、出来なかったことが出来るようになった時の達成感をイメージして、簡単に諦めず地道にやり抜こうと思います。

 

FICCについては、また後日書きたいと思います。同期は残念ながらいません。少し寂しいです。通年採用なので、内定式もありません。しかし、学生時代仲良くしていた先輩が中途採用でジョインする事が決まり、同じチームになったのでとても楽しみです。ちょっと周りとは違う環境ですが、それもまた良さに変わりました。前向きに捉え、頑張ります!

 

年末に総会があり、その時の様子の中に私の紹介があるので、よかったら見てみてください。二重アゴがくっきりですね。痩せます。

平野さんにも「伊藤さんはとても根性があります。」と紹介されました。私には尖った才能がないので、それくらいしかないのです。やり抜くのみです。

www.ficc.jp

 

就活期間が長くなった分、途中途中で今まで知らなかった素晴らしい企業や、コミュニティにも巡り会うことができました。その事もまたお伝えします。

  

 長文となってしまいましたが、自分の中のモヤモヤとした気持ちを整理するとともに、ご報告できていない方が沢山いらっしゃった為、この場でお伝えしました。

 

2016年、本当にいろんな事がありました。沢山の試練や出会いが、私を何度も何度も強くしてくれました。

 

2017年も、へこたれず何度も何度も立ち上がり強くなりたいと思います。

 

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